中等・大學・職業野球通信第10号
−本誌スクープ!タ軍秘密特訓の実相−
秘密特訓の発案者松木主将
タイガース秘密特訓の実相が遂に明らかになった!
昨年9月25日にジャイアンツの沢村にノーヒットノーランを喰らい、さらに年度決定戦の3連投で名を成さしめたタ軍は、松木謙治郎主将の提唱で「打倒沢村」の特別訓練を2月13日より開始した。
しかし、この特訓は、記者はおろか選手の親族にさえ秘密とされ、タ軍関係者以外の者は全く見ることができないものであった。
この秘密特訓を、本誌記者が、殴られ、出入り禁止、取材拒否となるのも覚悟の上で垣間見ることに成功したのである。
ああ、それはまさに阿鼻叫喚と呼ぶにふさわしい光景であった。
「そんなことで沢村が打てるかっ!」石本監督と松木主将の怒号が飛ぶ。
フリーバッティングに投げているのは今年入団したての投手だが、妙にマウンドが近い。
どうやら2尺(60cm)、いや、3尺(90cm)ほどマウンドを前にずらして投げているようである。打者はくるくると空振りする。
これは沢村の剛速球を打つ練習のようだ。松木主将が明治大のとき早大・伊達の速球を打つために行ったのと同じ練習であろう。
かすらなかった者は「素振り100本!」と言われて次の打者のそばで投球のタイミングを計りながら素振りをする。
何とか当てた者は別の場所で今度は近距離の脚立の上から投げたボールを打つ訓練に移る。これは沢村の鋭いドロップを打つための工夫だろう。
これも打てないと素振り100本である。
選手たちは、石本監督と松木主将に怒鳴られながらマウンドと脚立の間を行き来し、素振りをする。
もう何万本バットを振っているのだろうか。みな手の皮が破れ、血を滴らせながらの練習である。若い選手などは泣きながらバットを振っている。
この苦労が本年度のシーズンに実ることを祈る。
昭和12年2月14日